好きなことをしているから、ワクワクすることをしているから、「幸せ」だと思っていませんか?
こんにちは、橋本麗子です。
身体が伝えるメッセージを受け取る事で、自分本来の生き方に気付き、
人生を変えていくお手伝いをしています。
本日は、心について、それも「幸せ」と言うことにフォーカスして
お話ししようと思います。
資本主義の時代が終わりを迎え、個人主義の時代に移り変わり出しました。
資本主義の時は、「物があることが幸せ」「手に入れることが幸せ」の価値でした。
そこから時代は変わり、今は、物が溢れ、
大抵の人が必要以上の物を手にしています。
ゴミ問題の深刻化や「断捨離」と言う言葉が流行るということは、
実は、余って捨てるほどの物を人が所有している表れなんですよね。
物を持っているのが当たり前となると、
生きる上での必要な欲求は既に手にしていると言うこと。
心理学の中で、マズローの5段階欲求というものがあります。
❶ 生理的欲求 生きるために食べたい
❷安全欲求 明日も明後日も食べたい
❸愛と所属の欲求 誰かと一緒にいたい 自分の居場所が欲しい
❹承認欲求 自分を認めて欲しい (地位や名誉)認めてもらうことでワクワクする
❺自己実現欲求 自分をもっと成長させたい
今の私たちは、特に日本は恵まれていて、
明日、明後日食べるものがなくて困っているという人はほとんどいません。
雨風しのげる家も家族も働き場所もほとんどの方があると思います。
すると、人間が求めるのは、次のステージ、
❹や❺の個人の価値、生きがい、誰かに認めてもらいたいという承認欲求が生まれてきます。
その欲求が生まれるのは、人間としてとても自然なことで、否定はしません。
ワクワクが悪いと言っているのでも決してありません。
生きがいは、モチベーションを上げる上で大切なことです。
問題は、
ワクワクし続けたい自分、楽しんでる自分であり続けたい、と言う
本当の目的の裏側に、
自分に対するネガティブなセルフイメージを
無意識に隠してしまっていないかと言うことです。
ワクワクしていないとモチベーションを上げることができない。
好きなことをしている時しか幸せを感じられない。
誰かといないと幸せになれない、
それは、素の自分そのものでは「幸せ」を感じる喜びを生み出すことはできないと
言っているのかもしれません。
だから、何かに向かって行動しなければと思っているのかもしれません。
そのような「幸せ」は、
自分の中の欠乏感を埋めるためのもの。
奥の底にある大元の原因となっている部分を見ないように行動し続けると
人はいつか疲れ果ててしまいます。
アクセルをめいいっぱい踏み続ければ、すぐにガス欠になってしまうのと一緒ですね。
それでは、何度も何度も吸引しないと、、、なんてことになってしまいます。
本当の「幸せ」の感情は、内側からほっといても溢れ出てくるものです。
内側からガソリン(エネルギー)が作られれば、枯渇することはありません。
その日々の積み重ねで、常に心は満タンであり続けるため、
余分なエネルギーは、見返りを求めず周りの人にも届けていけます。
届けるから、また与えられ、
「幸せ」と言うエネルギーの循環が常に動いていきます。
そうなると益々エネルギーが枯渇することはなくなっていくのです。
形のある幸せのもろさ
形や外側や、ある一定の状態にだけが幸せと感じていると
それをなくした時、そこから立ち上がることが難しくなってしまいます。
私も多くのものを手にしたり失くしてきましたが、その都度一喜一憂していました。
親や世間の言う幸せが「私の幸せ」と幸せな状態だと思い込もうとしていました。
それがどれほど心に負担をかけ、
強いては、身体にも影響を及ぼしていたか気付くことなく。。。
形あるものは、何かのきっかけでいとも簡単に壊れます。
人から与えられる幸せは、その人が去れば、ぽっかりと穴が空き、
立ち上がるのに時間がかかります。
この身体もいつ事故、怪我、病気になるかわかりません。
ましてや、日本は、天災の国。
いつ、何が起こってもおかしくない場所に生きています。
楽しいこと、ワクワクすることが幸せと思っていたら、
それができない状況、もしくはなくなってしまった場合、どうなってしまうでしょうか?
幸せになることの恐れ
幸せという感覚を感じ続けることとは、
人生そのものを豊かにすることは
みんな知っているはずなのに、
と聞いても
漠然とした答えしか返ってこない場合が多いです。
ちゃんと考えたこともなかった、なんて声も聞きます。
確かに、「幸せ」に関して、学校でも教えてもらったことはないし、
親からもちゃんと説明された記憶もない気がします。
それでは、知らなくても当然で、考えたことなくても当然なのです。
だから、世間でいう「幸せ」が答えだと信じ、
親が「あなたの幸せのため」と言えば、そうなのかと信じても仕方ありません。
親に言われた「あなたの幸せ」やテレビやSNSで流れる「幸せな画像」が
「本当にそれが幸せそのもの」と信じ切れているならば、
今はとことん「幸せの渦中にいる」と思います。
ですが、
厳しめに言ってしまうと
幸せの見本となる一番身近な存在、両親を客観的に見たときに、
「幸せそう」に感じられないと思ったままで、
「幸せになる」と言う言葉に敏感ならば、
あなたは、「幸せ」がどう言うものか明確になっていない可能性があります。
不思議なことに、
両親、もしくは、どちらかでも苦労している姿を見て育った人は、
「自分が楽に幸せになる」ことに罪悪感を覚えたり、
「親以上の幸せを手にする」ことを自分に許していないことが多いのです。
「私はあのようにはなるまい」と表面的には思ったとしても、
繰り返し見てきた記憶の習慣が無意識下に働き、そちらへと引っ張られます。
引き寄せは、良いことだけではありません。
自分にとって好ましくないことも引き寄せなのです。
人が一番恐れることは、「どこまでも幸せになれる」こと。
これを始めて聞いたとき、まさかと思いました。
幸せになりたくない人なんていないのに、、、と。
でも、自分自身を振り返ってみても、
クライアントさんたちの話を聞いてみても、
人は、無意識のうちに、
その先の完全なる自由や幸せを手にしようとする前でブレーキをかけます。
だから余計に
「幸せ」のために何かをし続ける自分を演じることは、
自分にも周りにも大義名分がつけることができるのですね。
その先のビジョンが、映画のように映し出され、
「ほらこんな結末だから、その先に飛び込みなさい」と言われたら、
誰しもが進んでいくでしょう。
ですが、未来は誰にもわかりません。
「今、この瞬間」を変えた場合、さらに次の可能性は誰にも見透せません。
どうなるかわけわからない未来に向け、
今の状態がどんなものであったとしても
繰り返してきた習慣の中の「安定」を手放すのは、相当な勇気や覚悟が必要になります。
これは脳の特徴でもあるのですが、
特に、一から新しい情報を処理し馴染ませるのが面倒なので、
変化を止めようとする意識を優先させてしまいます。
ですが、人は本能から全ての欲求がなくなることはなく、
ましてや「幸せになりたい」と言う願いが消えてなくなることはありません。
幸せになる条件に、
家族がいるから幸せ
友人たちに囲まれて幸せ
やりがいのあるお仕事があって幸せ、
身体が健康で幸せ、
ワクワク楽しいことに向かっている私は幸せ、
そんな世間一般の大義名分は必要ありません。
何もなくても幸せになれる存在であることを自分に許可するだけで、
すでに幸せは勝手にやってきてくれるのです。
「幸せになりたい」と言い続ける脳の動きは
「幸せになりた〜〜〜い」
なんてよくドラマでも聞くセリフですが、
「幸せになりたい」とイメージすることは、
脳の中では、
「幸せになりたい」、、、
ならば「今は幸せではない」のね、と言うもうひとつの現実を想像します。
幸せではないから、幸せになりたいと言うのだね、と判断します。
するとどうなるか、
「幸せになりたい」と言い続ける現実を実現してあげようと、
「幸せを味わえない」ものにばかり目の焦点があてるよう神経が働き、引き寄せます。
あ〜、またこんなことがあった、
あ〜、またそんな風に言われた、
あ〜、またやっちゃった、
「だから、やっぱり幸せになりた〜い」 ほら、言えましたでしょう?
「嫌なこと忘れるために、楽しいことしなきゃ」思っちゃったでしょう?
脳の動きは、とてもシンプルで、とても素直、
良い悪いの区別がつかないので、
ただただ望みを叶えてくれているにすぎません。
「幸せになりたい」と言い続ける現実を叶えてくれているのです。
「幸せ脳」であり続けることが健康に影響を与える根拠
なぜ、こんなに「幸せを感じ続けることが大切」と伝えているかと言うと、
感情の中で「幸せ」を感じ続けることだけが唯一、
血流をあげ、身体の循環機能を整えることが証明されているのを知ったからです。
身体の体温が上がると言うことは、
免疫機能を高めると言うこと。
それは、心の病気だけでなく、病気になりにくい身体を作り上げることができます。
ウィルスもガンも
そもそも人の身体が持っている免疫機能、
自然治癒力を大いに発揮することができれば、
寄せ付けることが難しい体質を作ることができるのです。
幸せを味わい続けることが、人生すべてに良い方に回っていくことに
気付いていただけたでしょうか。
私はやっぱり人は弱い、と思っています。
私も、このようなブログを書いてますが、とても弱いです。
やはり病気になったら、一度は落ち込むし、嫌なことがあれば傷つきます。
ですが、
そこを見ないようにと現実逃避するのではなく、
一喜一憂に翻弄されることなく、
心を安定させ、病気にならないような心と身体を作っていく、
その基本に「幸せであり続ける」脳を作っていくことが大切で、
それは、誰でもない自分しか創ることができないのです。
幸せ脳とは
ワークショップでは、
どのような状況が幸せかをひとつずつ検証し、
ご自身の幸せはどう言う状態か、何を大切にしたいと思っているのかを
明確にしてもらい、
世間一般のジャッジを外してもらう
ご自身の中にある固定観念に気付いて手放してもらうといったことをメインにしています。
おかげ様で、ワークショップの開催の度に、
私もまだまだ自分の中にある固定観念に気付かせてもらってます。
私にとっては、自分に気付くことが、一番ワクワクすることでもあるのです。
なぜなら、いらない観念を手放す度に、
自分が楽になり、
また一歩自分らしい人生を味わえる感覚を体験してきているからです。
人生長く生きていれば、
それなりに多くのいらない思い込みや信じ込みが入っています。
取り除けたと思っても、
これだけの情報社会ですから、いつの間にか新たな思い込みが入ってきます。
それが、本当の自分で居られる妨げとなります。
思い込みや信じ込みの全てが良くない訳ではありません。
自分に有益なものはどんどんと活かして、
自分を生きるのに、
とことん幸せになるのに、
それをブロックするようなものは、気付いて手放していってしまえばいいのです。
「楽しくなきゃ幸せを感じない」
「幸せになるのにワクワクしてなきゃ」
これも単なる思い込みでしかありません。
自分を丸ごと信頼していれば、常に外側に幸せ要因を見つけなくても
幸せを味わい続けることができます。
「自分と自分の人生を信頼する」のは、「幸せ脳」である最も大切なことなのです。
まとめとアドバイス
ポジティブが良い、ネガティブは良くない
と言う意識でいれば、
ネガティブが濃くなる場面では幸せを感じることができず、
ポジティブになろうなろう!と頑張り続けるかもしれません。
病気は嫌だ、悪いものだと思えば、
避けよう、負けないようにしよう、強くならなきゃ、
そんな風に思い続けてしまうことになるかもしれません。
それは果たして幸せな状態と言えるでしょうか?
人生に起きる事全てが必然とするならば、
人は幸せになるために生まれてきたとするならば、
そこには全て幸せになる要素が詰まっていることになります。
それには、自分のこれまでのいらない固定観念をどんどん外し、
ジャッジをできる限り外していき、
全てが幸せへと繋がっていると自分を信頼していくことが大切です。
あなたが幸せであり続けることで、
周りの人も自分も幸せになって良いのだと感じることができます。
それがどんどん広がりを見せた時、
今後世界は、地球はどのように変わっていくでしょうか。
誰かといる時でも、一人でいる時でも、
何かを手にした時も、失った時でも、
その全てが「幸せ」な体験と感じられる脳を手にすることが、全てを「幸せ」に導きます。
まずは、自分にとっての幸せの定義をきちんと知り、
それに沿って
脳がちゃんとあなたにとっての本当の幸せをキャッチできるようアンテナを張り、
幸せがポンポンと入ってくる器を作ってください。
そして、ご自身がとことん幸せになりましょう。